落ち着け地球と国民。


 今日はサマータイムを今夏こそ導入!と記事にしようと思ったけど、すでに書かれていた。


 こんな凡人ですが、いま国民には何が求められているんだろうかと考える。政府はなぜ本当の事を言わないのだろうか。与野党の対立はもはや気に留めなくてもいいレベルまで下がっている。(というより野党の存在感が希薄)東電が情報を伝えていないのかもしれないが、それこそ東電のお偉いさん達はいまさら保身に走る事もなかろう。数年先に待っているのは辞任であり、業務上過失なんたらに問われるかどうかというレベルの話。いま情報を隠す事がどんな自らにどんな得になるであろうか。
 とすると、伝えること自体よりもそれに伴う結果を恐れているのではないか。つまり日本国民のパニックであり、経済の本格的な停滞や無法化などが挙げられる。それはだれが悪いのか。そう、日本国民全体である。それは今までの教育やしきたりやら全てひっくるめたことを指している。
 裏付けはあるだろうか。今回の首都圏やその他の地域における買い占め騒ぎは、彼らに耐性がない事を良く示している。自ら、情報を全て受け入れる準備ができてない事を示してしまっているのだ。当然その判断をこんな政府がすべきでない、と思う人もいるだろうが、国としての最低限の統治を確保するのが彼らの最低目標である限り(逆に彼らにしかできないことでもある)国民は受認せざるを得ないのである。
 では果たして諸外国ではパニックを起こさずに情報が伝えられているかと言えば、決してそんなことはないと思う。9.11の時でさえ最初は情報が錯綜し今でも真実が闇の中な案件もあろう。国民レベルが最高度に高いか、政府の信用度が最低でない限り情報統制(=パニック防止)は致し方ない事ではないか。これは自分自身に起因する事でもあり、誰も他の人を責める事ができない。
 現状十分に伝わって来ない事をもどかしく思っている人が増えつつある。なぜもどかしく思うかと言えば、自分の身の安全を確保する事が難しくなるから。誰しも最後は自分や(少数の愛する人)の事しか考えられないのが普通。日本国の存続をこれからも願うのならば、いまのところ政府に従う他あるまい。それが嫌だという声が高まれば必然的に力が移るまでだ。


 切迫した危機があるわけではない(と知らされている)のでこんな悠長な事を言っていられるのかもしれないけれど、どんな事態が訪れようとも、日本として最低限の統治が残って欲しいと思っている。その為に、いつでも落ち着きを。