掃除は未来の仕分け。


 今日は部屋の掃除をしたりして。午後に起きながらもゆったり一日を過ごす。そしていま喉が痛い。


 こう眺めてみると、一年で物が急増したなと感じる。今までは捨てる量と同じぐらいが搬入されていたので問題なかったけれど、忙しくなったのもあり、捨てる量が減って物ばかり増えていく。そして増えていく物は簡単に捨てられないものだ。この先数十年の間に今年増えた物のうちどれが残っているか予想しながら段ボールにつめ押し入れにしまうのはなんとも滑稽な作業だった。物は捨てる瞬間まで、大抵大事に保存されているもの。今日はその作業をしたともいえる。
 人間関係でも、気持ちが押し入れにしまわれる頃にはとっくに冷めている訳で、実は本当に好きだったり懇意にしている人は一握りなのでは、という一種の不安が生まれた。Twitterをはじめとするネット上での付き合いでは、それこそ上辺だけの仲良しを演出するのが容易なので、意識していないとふとした時に自分の残酷さに気づいて、さぞかし失望することだろう。だがしかし、それも含めた駆け引きや人間関係の見極めがこの種の”つながり”の楽しみなのかもしれない。


 いま喉が痛いのは、掃除したからというより、ソファーでうたた寝をしてしまっていたから。明日は声を使う(=朗読など)があるので、朝には治っていることを願いつつ、もう一度寝よう。